ゆうめいの部屋

北海道胆振東部地震

9月6日木曜日午前3時7分59秒
スマホの地震アラームが鳴った
宿直中でベッドに横になっていた私は
まずは震度を確認と思い
テレビをつけようとリモコンに手を取る
普段から5回くらい押さないと
電源が入らないリモコン
この時は何回押しても入らない
ただ接触悪いんだと思ってた私
仕方ないなぁと事務所の電気をつけようと
スイッチに手をかけたけど点灯しない
え?停電?
事務所のドアを開けると廊下は電気ついてる
ん?黄色いってことは非常灯?
やっぱ停電なんだと確信した
今月に入ってから変えた
新しいセキュリティシステムの
何かが作動して電気がダウンしたんだな
これは社長しかわからない
と思い社長に電話した

私:お疲れ様です。
社:停電になったでしょ
私:はい(やはりシステムなんだ)
社:今向かいます
私:お願いします

社長じゃないと解除できないから
社長が来るんだと思い込んでた私
社長が来るまでに
2階3階4階と見回ってきた
各階とも2、3人の入居者が廊下にいた

「びっくりしたねぇ
ケガとかないですよね?
停電ですのでお部屋に戻って
動き回らずに静かにしててください
ベランダのカーテンを開けておくと
日が昇って明るくなってきます」

と言って部屋に戻した
揺れが中途半端だった為
出てきてない入居者の
安否を確認するか迷った
社長が来たらきいてみよう
社長が到着した

私:お疲れ様です
社:いやぁ信号も消えてて怖かったわ
私:え?外も停電なの?

ここで初めて建物だけじゃなく
市内全部が停電だと知ったのです
社長に確認したところ
出てこない入居者はそのままでいいとのこと
ラジオで北見と札幌も停電と言っている
所々で停電なんだなぁと思ってると
社長が「空観てごらん天の川が見えるよ」
言われるまま空を観にいくと
山の中かと思うくらい満天の星空
そう。。。この時
私と社長はまだ事の重大さに
全く気づいてなかったのです

1人暮らししてるボクちんにLINEを
私:信号消えてるから運転気をつけてね
ボ:休みになったから大丈夫
私:ちょろちょろしないで
  大人しくしてなさいよ

20分くらいすると
お局様が駆け付けて
朝食のご飯が炊けないよねと言ってきた
( ̄□ ̄;)!!
さすが厨房の責任者
私の頭にはこれっぽっちも
浮かびませんでした
それも「鍋で炊けばいい」
という私の言葉ですぐに解決
私以外誰も鍋でご飯を
炊いたことがない事にビックリ
土鍋でご飯を炊き
ガス・水は使えるので
懐中電灯を片手に調理を始めた
エレベーターが使えないので
足の悪い入居者には
部屋まで運ぼうってことに
ふと見回ってると
4階のおばあちゃんが
3階の階段の踊り場に座り込んでいる
どうやら食事だからと
降りてこようとしてたらしい
地震の時は出てこなかったのに
人間の生きようとするパワーは
すごいなと思った
4階まで担ぎあげて部屋に戻した
食事を運ぶまでの時間で
折り返し階段を4階まで8回
他に3階や2階まで合わせると
数えれないくらいの階段上り下り
帰る頃には足がぷるぷると
ヘルニアの痛みが出てきて
ゴリラみたいな歩き方に。。。
この日は宿直4連勤明けで荷物が多く
朝母に迎えに来てもらう予定だった
母から

「信号が消えてるから歩いて帰ってきてね」

( ̄□ ̄;)!!
まぁ事故にあっても困るし歩くか。。。
もう足がプルプルで
途中何度座り込もうと思ったか
普段の運動不足がたたってる
実家に寄ると母の姿がない
父は仕事に行ったようだけど
母はどこへ?電話してみた

私:どこにおるん?
母:叔母さんち
私:え~~~
母:だってお父さんは仕事行くし
  お母さん1人で不安だったんだもん
まぁ母の気持ちもわかるなと思った
しばらくして母から電話が
母:ATMってやってないよね?
私:停電だからねぇ
母:叔母さんが財布に
  3万しかないって言うのよ
私:大丈夫!3万も使えないから!
母:そうなの?
私:そこまで買えるだけの物ないよ
母:それもそうね
ここだけゆ~っくり時間が経ってる気がした

友達からコンビニは
もうすでに空っぽと情報が入っていたので
母と叔母と3人でスーパーへ
レジすごい並ぶんだろうなぁって
覚悟して行って到着すると
入口から駐車場1周する位の行列
レジ以前の問題だった
レジが動かない為入口のところで
カップ麺・パン・飲み物のみの販売だった

「今食べる物だけを販売してます
 ご理解をお願いします」

と店長さんが何回も叫んでいた
電池を買いに来た人に平謝りだった
並んでる時に前に並んでた若いお母さん
最近東京から旦那さんの実家に
引っ越してきたらしい

「東京ではよく停電になるから
停電になったら溶ける前に氷を
ステンボトルや魔法瓶に入れちゃうんです」

という話をきき
なるほど!と思って帰ってから早速やってみた
夜まで氷の形が残っていた!
若者の話もきいてみるもんだと思った

私:冷凍庫の中身溶けちゃうね。。。
母:そうだねぇ
私:ジンギスカンとか炭おこして
  焼いちゃうか
若:旦那もそう言ってました
  この非常時に何言ってるの?って思って
私:北海道たくましいでしょ?
若:ほんとびっくりです

こんな会話をしながら順番を待ち
買い物を済ませ帰宅
車でスマホの充電がてら
テレビをみて初めて全道停電を知った
( ̄□ ̄;)!!
これって凄く凄い事になってるんじゃ?
やっと把握した私
札幌でマンション12階まで
階段で昇っていく青年の話が
もう4回目なんですって言っていた
4階で文句言ってごめんなさい

アウトドアな私と親
ランタン等明かりの用具は
不自由しない位にあった
とはいえ
いつまで続くかわからない停電
電池が切れたらそれまでだから
無駄に点けてはいられない
夕方には電話回線も
止まると情報があったので
仕事に行ってる父に

「帰る頃は電話使えないだろうけど
運転気をつけて帰ってきてね」

とLINEしておいた
実家で鍋でご飯を炊き冷凍庫の中身を調理
薄明りの中で食事し家に帰った

何度もボクちんにLINEしてるけど
既読にすらならない
まぁいつものことだから。。。
夕方からは電話回線止まったし。。。
夜11時過ぎに電話回線開通した
東北の地震の時よりは短い時間だったけど
電気もなく通信もダメという状況は
自分で思ってるよりも怖かった
夜11時半になってやっと大丈夫と返信
昼間は友達とキャッチボールをして
夜は真っ暗だから寝てたと。。。
たくましいのか図太いのか。。。
誰に似たのやら。。。
オール電化のマンションに住むボクちん
当然料理も何もできない
翌日翌々日の夜は家に寄るように言って
ご飯を食べさせた
冷凍庫の中身を消費するため
心なしか普段より豪華な食事になった

近所のスーパーの周辺が
7日の夕方には通電していた
道路挟んで向こう側も
7日の夜には通電していた
じゃあ明日の昼には通電するだろう
そう信じて
普段から真っ暗の中で眠れない私は
真っ暗闇の中で眠ったのでした
翌日の8日
期待して何回ブレーカーを上げたことか
その度に。。。し~~~ん
夕方には友達のとこも
お局様のとこも通電したと知らせが
( ̄□ ̄;)!!
もしかして
1週間以上かかるかもしれない方に
ノミネートされてしまった?
めちゃめちゃヒヤヒヤしながら
鍋でご飯を炊き夕食の支度をした
ご飯を食べ終わった18時半過ぎに
やっと通電した!
これで冷蔵庫で飲み物冷やせる!
とにかく冷たい飲み物が飲みたかった
急いで買い物に出ると
スーパーどころかコンビニも開いてなかった
仕方なく自販機で買って帰った
電気や炊飯器の有難みを
ほんと身に沁みました
鍋でご飯を炊けても
冷めてしまったら
堅いご飯のかたまりに。。。

今回は停電だけで済んだけど
これが断水だったりガスが使えなかったらと
考えたら本当に恐ろしいです
後から友達の話をきくと
IHの家は炭をおこして調理してたらしい
しばらくは物流の関係で
不便な思いをするかもですが
建物被害もなく停電のみだったおかげで
余震にビビリながらも
日常の生活にすぐ戻れると思います
宿直4連勤明けの疲れのせいか
8日の夜通電してホッとしたのか
熱を出して9日もがっつり寝て
10日には下がりた
きっと気を張ってたのもあって
疲れがでたのでしょうね

地震発生後3時26分を筆頭に
遠く離れた多くの知人や友人から
励ましのLINEやメールをいただきました
物資送るからちゃんと必要な時は
甘えてと言ってくれた方もいます
何もできないからと情報を調べては
LINEに貼り付けてくれた方もいます
今1/3復旧してるからあと少しだよと
励ましてくれた方もいます
中には大雨で被害にあわれた方
直前の台風で停電等の被害に
あってる方もいます
10年以上の付き合いの方もいますが
ほとんどが1度も会ったことがない
趣味で繋がってるネットの友人達です
今回本当に友人達の励ましで心強かったです
たった2日間の停電と
言うのかもしれないけど
私にとっては暗闇で不安だらけで
親を不安にさせれないから
私の不安を見せないようにと気を張って
でも気持ちはどうしようどうしようで
そんな時に友人達のLINEが届いて
嗚呼1人じゃないんだ
みんな心配してくれてるんだ
大丈夫!頑張ろう!
って気持ちになり親の前でも
気丈でいられました
たとえ1度も会ったことがなくても
何年もの付き合いでできた絆が
あると実感しました
本当に皆様に感謝です。

ありがとうございました

そして今まだ台風の被害に
今回の地震の被害にあわれて
大変な思いをされてる方々に
私が今何が出来ることなのか
友達と話し合ってるところです
私1人では微々たるものでも
数人で行動起こせば
何かの力になれるはずだと。。。

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by yu--mei | 2018-09-10 00:41 | Comments(2)
Commented by ドル at 2018-09-13 00:20 x
まだ平穏にはならないと思いますが、日本には日本の強さがあります。
北海道の人はとても心広く冷静なので、復興が早いものと祈るものです。
3.11の時、こちらでも震度5強になり、当時娘が小学生だったので、学校まで行こうとすると、防災づきんを被り、帰宅中で、父兄は動向してと、引率の先生に呼びかけられました。
すぐ、娘に、駅前のスーパーで安売りしていたカップ麺20個買って戻るも、停電、断水、あっという間に街はパニック。
ゆうめいさんの記事読んで、思い出すものです。
寒い時期なので、カセットコンロなどを買いに行くもどこも売り切れ。
どこのスーパーもコンビにも食品は売り切れ。
だけど、お菓子などはあるんですよね。
それと、こちらは小規模だったこともあるのでしょう。
流通の復帰は思った以上に速かったです。
これが日本の強さなんだな~と思うものでした。
父の実家が札幌ですが、叔母は90を超えているので、やたら電話するのは予想と姉と話しています。

そうか、ゆうめいさんは福祉のお仕事でしたね。
私も副業で、少し前に自立援助ホームという被虐待の青少年が入所するホームで当直を週2してました。
本業と重なると、寝れない日もあるのですが、お陰さまで、意味不明なクビになったので、当直はなくなりました(汗
当直のお仕事、勤務時間長いし、明けは明けでなかなか寝れないと思います。
お身体に気をつけてくださいね。
Commented by yu--mei at 2018-09-13 10:22
ドルさんコメントありがとうございます。
3.11の時震度5強だったのですね。
北海道は震度4でしたが震度5強だった栃木に住む
従姉妹に安否の確認をするのに電話したところ
家は大丈夫だったけど塀がテトリスみたいに崩れちゃった
と言っていたのを今でも覚えています。
あの時も余震がしまばらく続きましたよね。
お子さんが小さければ小さいほど離れるのが不安でしたでしょうね。
今まだスーパー等では空いてる棚の方が多いですが
市場も動き始めたので大丈夫だと思います。

自立支援ホームでの当直、大変なお仕事されてたのですね。
私の仕事よりもずっとずっと大変だったと思います。
私の仕事は高齢入居者の方々に今を楽しく過ごしてもらう事だけを考えればいいけれども
心にも身体にも傷を持ってしまった子供達に今はもちろん
夢を見ていい未来があることを知ってもらうというお仕事ですもんね。
どんな仕事もそうですが上に立つ人次第で仕事はかなり変わってきますよね。
私は宿直4連勤をしていて、たまに救急搬送があって付き添っていかなきゃならない時もありますが
緊急コールがないと気楽なもので
何かを話したい入居者の話を聞き最後は笑顔になってもらうだけですから気楽な気持ちでできます。
笑顔を見せてもらうとこちらも嬉しくなります。
これはドルさんも同じ喜びを感じてきたと思います。
今どこで起きてもおかしくない災害
過去の災害を教訓に今一度対策等を見直すべきですよね。

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